インバウンド隆盛下の宿泊事情~価格高騰と人不足
- 中山 晴史
- 5月17日
- 読了時間: 4分
更新日:5月20日

東京のホテルにおけるカルテル疑惑が報じられる中、昨今の客室料金の高騰は、何らかの人為的な価格操作を疑われても致し方ないかもしれません。実際、東京への出張者が都心での宿泊を諦め、八王子や大宮といった近郊都市に代替施設を求めざるを得ないケースも散見されます。インバウンド需要の旺盛さや、「東京の価格は国際的に見ればまだ安価である」といった業界側の主張も、利用者側の納得を得るには至っていません。こうした状況がカルテル疑惑へと繋がったわけですが、仮に報道される15社程度が談合したとして、都内約2500もの宿泊施設全体の価格をこれほどまでに吊り上げることが可能なのか、という点には疑問の余地があります。
では、客室単価の上昇は、宿泊施設の財務状況改善に直結しているのでしょうか。そして、業界全体が特段の問題もなく順風満帆と言える状況なのでしょうか。むしろ、ここ10年来顕在化し、近年ますます深刻化しているのがスタッフ不足の問題であり、これは業界関係者の誰もが指摘するところです。人材派遣会社やハローワークを通じても、必要な人員確保は困難を極めています。宿泊施設数は大都市圏を中心に増加の一途を辿っていますが、その大都市圏ですら採用難であるならば、地方都市や遠隔のリゾート地、温泉郷における人材確保の厳しさは想像に難くなく、報道等でもその窮状が伝えられています。
宿泊施設におけるスタッフ不足は、具体的にどのような影響をもたらすのでしょうか。まず、基幹業務である客室清掃の人員が不足すれば、それは販売可能客室数の直接的な減少を意味します。例えば、50室規模の旅館が40室しか販売できない、あるいは150室のビジネスホテルが120室しか売れないといった具合に、稼働率の上限が実質的に制限されてしまうのです。結果として、年間事業計画の修正は不可避となり、営業利益の減少も免れません。単純に120室と言っても、150室のホテルで年間平均稼働率80%の達成は、優良なビジネスホテルにとっても容易ではなく、これを維持している施設は極めて効率的な運営がなされていると評価できます。
しかし、平均80%という稼働率は需要の波があってこそ達成されるものであり、本来100%稼働が見込める繁忙期に、人員不足から全室を販売できない事態は、施設の規模に関わらず年間の稼働率を引き下げると言えるでしょう。では、この深刻な人手不足に対し、宿泊業界はどのような対策を講じているのでしょうか。その一つがDX化の推進ですが、議論が始まって久しいものの、依然としてフロント業務などがアナログな手作業に依存している施設は少なくありません。予約処理、部屋割り、請求書作成といった業務を手作業で行いながら、人手不足を嘆くという状況が散見されます。こうした施設では、予約管理システム(サイトコントローラー)や基幹業務システム(PMS)といった有効なツールが存在するにも関わらず、その導入に消極的で、結果として業務効率化が進んでいないケースが目立ちます。
これらのシステムは業務の省力化には貢献するものの、必ずしも「省人化」、すなわち必要人員そのものの削減にまでは結びついていないのが現状です。より少ない人数での運営には、業務効率化と従業員のマルチタスク化が不可欠ですが、それだけでは人手不足の根本的な解決には至りません。そこで近年、導入が進みつつあるのが外国人材の活用です。関連法制度の整備には時間を要し、関係者の尽力も求められましたが、徐々に優秀な外国人材が業界の新たな担い手として期待されつつあります。筆者が関与する旅館においても、特定技能等の在留資格でアジア諸国出身のスタッフが複数名就労しており、彼らは日本語に加え英語も流暢に操ります。その結果、一部の国内スタッフを凌駕するほどのコミュニケーション能力を発揮し、顧客からも高い評価を得ています。 現状、この外国人材の活用こそが、宿泊業界の困難な状況を打開する上で極めて有力な手段と言えるでしょう。彼らが働きやすい環境を作ることも急務で、それは給与面だけの話ではなく、いわゆる労働環境として、住む場所の整備や食事(ランチ・まかない)の手配、休日の過ごし方の提案などが求められます。同国人を複数採用することも精神衛生上いいことかもしれません。より健全な受け入れ体制の整備を迅速に進めることが、今後の業界の持続可能性を左右する鍵となると考えられます。インバウンドビジネスにおける最終兵器あるいは拠り所は日本の宿泊施設であることを、観光立国を目指すのであれば、広く認識されるべきであると思います。
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